descartes
これは皮肉か。はたまた真実か。

中世を生きた哲学者デカルトは、「我思う、ゆえに我あり」という命題を残した。解釈は人それぞれだが、私は少々強引に、「自己の意思こそがアイデンティティ」と捉えた。
時を経て1987年、現代アーティストのバーバラ・クルーガー氏は、大量生産・大量消費社会の中で生きる人を我買う、ゆえに我あり(ショッピングこそがアイデンティティ)と痛烈に嘲笑した。

無題(i shop therefore i am)
クレジットカードを持った手の中に(借金までして買うことこそが現代のアイデンティティ)




そして現代、IT革命により情報オーバーロードとなり、自分で考える機会が減っている。また、SNSの発展により、ツイッターのフォロワー数、フェイスブックのいいねの数、インスタグラムのコメント数を優先し、それに合わせた投稿を繰り返す。自分以外からのアンサーにより、自我を生成してゆく。それはまるでデカルトの命題を逆転した「我思われる、ゆえに我あり」となってしまっているのではないか。
i seen therefore i am 我思われる、故に我あり

私は何者かわからなくなった。
i seen therefore i am
我思われる、故に我あり



出る杭は打たれる。
倫理という建前の精神の暴力。
自己主張より世間体。

・・・

 終わりなき承認欲求。



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