生きる
不可思議/wonderboyというアーティストの「生きる」という曲が素晴らしすぎる。
原曲ももちろん素晴らしいのだが、ヒップホップトラックメイカー
Nujabesのトラック「Reflection Eternal」のリミックスAyurの「I Miss You」を
マッシュアップした下記音源の「生きる」が音・詩・声、共にあまりに美しい。
歌詞の原作は、かの詩人、谷川俊太郎氏。
谷川俊太郎氏の詩「生きる」 に
不可思議/wonderboyが編集・加筆しラップで歌っている。
谷川俊太郎氏はこの曲を公認している。
不可思議/wonderboyの感性は本当に凄まじい。
繊細で、素直で、正直で、間違いなく、天才だ。
不可思議/wonderboyは2011年に不慮の事故で亡くなった。享年24歳。
Nujabesも2010年に事故で亡くなった。享年36歳。
24歳って、今の僕より4年も過去の歳。
36歳なんて、そんなのすぐに追いつく。
あまりにも若すぎる。若すぎるよ。
原作の谷川俊太郎氏は現在81歳で今もご存命だ。
「生きているということ」「いのちということ」
詩、音、声、そしてこの三人を考えると
色々と感慨深くなる。
生きる
生きているということ
生きているということ
生きて生きて生きて生きて生きているということ
のどがかわき
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
生きているということ
生きているということ
鳥がはばたき
海がとどろき
かたつむりははうということ
あなたと手をつなぐこと
ことごとく今回も言葉だけじゃ足りない
ありもしない風景を思い描いては
迷うということ
悩むということ
生きることに対して問うということ
生きているということ
それはミニスカート
プラネタリウム
ヨハン・シュトラウス
ピカソ
全ての美しいものに出会うということ
眠るということ
目覚ましよりも先に目を覚ました瞼
窓枠いっぱいに空の青が広がり
溢れ出す光
溶けるような陽だまり
顔を洗う水道の水がひんやりと冷たい
経度から経度へ朝をリレーしていく
知らぬ国の誰かから渡されたバトンを
しっかりと受け取りまた知らぬ国の誰かへ
毎日朝が来るというありふれた奇跡
花先から一滴落ちた雫が
水たまりの中の青空を揺らした
十日ぶりの快晴にも歓声は上がらない
僕なんてもう踊り出したいくらいなのに
読みかけの小説
古ぼけた腕時計
余計な荷物は何一つ持たずに
洗濯物を干したら出かけるとしようか
今日は何を着ていこうか
さあ行こうドアを開けて一歩外に出たなら
透明な空気をいっぱいに吸い込み
呼吸するということ
そんなことも思えば最近はずっと忘れていた気がする
さあ行こう駅まで
自転車じゃなくてたまには歩いて行ってみようか
急がないということ
そんなことも思えば最近はずっと忘れていた気がする
手をつなぐ親子
寄り添うカップル
各駅停車が景色達を追い抜く
心地よいまどろみ
安らかなうたた寝
ウォークマンはいつだって僕の好きな歌を歌う
読みかけの小説は少しだけ進んだ
古ぼけた腕時計も少し時を刻んだ
待ち合わせ場所まであと15分
もうすぐ君に会える
生きているということ
生きているということ
生きて生きて生きて生きて生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ
生きているということ
生きているということ
遠くで犬が吠え
地球は回り
たった今もどこかで産声が上がり
兵士はどこかで傷つくということ
生きているということ
生きているということ
生きているということ
生きているということ
たった今この瞬間が過ぎていくということ
いつかは死ぬとわかっていながら
永遠なんてないとわかっていながら
それでも人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ
生きているということ
生きているということ
生きて生きて生きて生きて生きているということ
のどがかわき
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
生きているということ
生きているということ
鳥がはばたき
海がとどろき
かたつむりははうということ
あなたと手をつなぐこと
・・・
この曲はラップだけど、韻をあまり踏んでいない。
韻を無理に入れて中身を薄くするより、伝えたいことを優先している。
ポエトリーリーディング(詩の朗読)と、ヒップホップの真ん中。ポエトリーラップ。
不可思議/wonderboyはポエトリーラッパーで、他の曲も韻より詩を重視している。
でも冷静に考えるとそれは当たり前の事なのではないか。
言葉を届けたいのに韻やメロディが足かせになっている可能性は考えられないか。
言葉で豊かな表現ができる日本語にポエトリーラップは、これ以上ないくらい最適だと思う。
ポエトリーリーディングとラップの融合は、革命だと思う。
思えばJ-popの文化は、日本語の豊かで多用な言葉を伝える為に
必然的にメロディラインが発展していった気がする。
歌と音のバランスがグルーヴ寄りの欧米と比べると、
日本はボーカル・メロディの比重が高い。
欧米の人がJ-popを聞くと、歌謡曲に聴こえるらしい。
かつて日本のインディーシーンはメロディック・ハードコアがブームとなり
メロコアバンドが異常に増えたのも辿れば日本語が影響しているのかもしれない。
メロディの発展はJ-popにおいて素晴らしい個性を持ったがしかし、
メロディが必要以上に表に出過ぎ、聴かせたい肝心の詩よりも目立ち
少し奥へ潜めてしまったのかもしれない。
その点、ポエトリーラップはメロディや韻より詩を最重視していて
トラック、リズムで音楽と詩の橋を繋いでいる。
不可思議/wonderboyの歌をもっともっと聴きたい、新しい曲をたくさん聴きたい。
まだまだこれからだっていうのに、亡くなったのは本当に本当に悲しい。
いま生きているということ
それは当たり前ではないこと
そんなことも思えば最近はずっと忘れていた気がする
・・・
不可思議/wonderboyの曲は他にも素晴らしい曲ばかりです。
Nujabesのトラック、谷川俊太郎も含め、色々張っておきます。